カストリのブログ

〜無期モラトリアム〜 ご興味あれば

わかってはいるさ

こんにちは。カストリです。

 

「隣人を愛せよ」

 

僕を蝕み続けているかもしれない言葉。

隣人って誰やねん。そこら辺にいる人ですか?そうなんですか?小松菜奈なら愛せる自信はあるけどさ、感じの悪いおっさんを愛することはできないんですよ。自転車でコンビニの前を横切る時に、車が出てきてこっちをみていなくて危うい時、僕は運転手のおっさんを睨むわけです。でも、この言葉がある限り悪態をつく僕自身は許すことができないわけで、どうにも辛いのが現状で。

全ての人にいい顔をするのが愛するということではないって分かってはいる。そうすることは破滅の近道であることも。それは愛ではないことも。愛ってなんだよ、愛すってなんだよ。僕の人生に全くの関係のないであろう人なんかに、いちいち構っていられない。そんな余裕はないよ。近くにいる人ですら、そうする事ができなかったんだから。ひどい人間だってことは重々承知しているつもりだから。余裕ができた時には飛び出てきた車のおっさんにも、お辞儀するからさ、許してくれよ神様。

これは僕の持論ですが、いい人も、悪い人もいないってのが僕の最近の考え方としてある。たまたまおっさんにとって僕は悪い人間であったように、どっかで僕はいい人の面もきっと持ち合わせているのだろう。そうであってほしい。どっちもあるんだ。その割合が違うってだけの問題。いい人の割合を増やしていけるように、そうしていくことで「いい人」から「いい人間」になれるように。

たまに、でも、出会うんだ、いい人間に。彼らはなぜか、こんな僕を好きと言ってくれるんです。嬉しくてしょうがないけど、この人と一緒にいると僕はきっとだんだんボロを出して、こんないい人間をがっかりさせて、見放されてしまう。見放さないで欲しかった。そんなことなら最初から、ひどい人間だって思っていて欲しかった。なんで勘違いしてしまうだよ。君たちに僕は憧れているから、少しでも近づきたいから、取り繕っているだけなのに。そんないい人間ですら騙す卑怯な僕を僕は許すことができないのです。

歪な感情だってことは分かっているのです。でも彼らが僕は好きで好きでしょうがない。人が怖くてしょうがないけど、人が好きでしょうがない。

こんなことを素直にもし言えていたら、変わったのかもしれないなと今更思っているのです。憧れていました、一緒にいたら僕もそうなれるんじゃないかと勘違いしていました。それだけなんです、寄生虫みたいな人間なんです。

だから僕はしばらく、一人で頑張ってみることにしました。誰かと一緒に入れるほどまだ、いい人間ではないから。いつかそうなれるまで、今はこれでいいかと思うのです。道半ばでくたばったとしても、僕はいい人間達の幸せだけは祈っていたいと心から願うばかりです。

『以上』