「カノン」の音で目が覚めた。携帯の初期設定のアラーム音が嫌で変更している。けたたましい音は朝には不釣り合いだ。バイオリンの音が徐々に大きくなると僕はアラームを止めた。
実家に帰省して３日ほど経った。未だに家族との暮らしが微妙に馴染まない。常にどこからか音がしているのが嫌でたまらない。猫の足音や、猫の鳴き声、コロコロをコロコロさせる音、掃除機の音、人の足音、一人暮らしでは全く気にかけることのなかった事が今は気になる。特に疾しい事があるわけではないのに自然と足音を殺し、忍足で家を歩いていた。例に漏れず、今朝も足音を忍ばせ階段を降りた。まだ、誰もいない。
やかんに水道水を入れ沸かす。沸騰した音が猫の鳴き声の様に聞こえ、起きてこないかと心配になり後ろを振り返るが、心配ない様だった。ドリップのコーヒーを淹れ一口飲んだ。一人で暮らしていた時と同じコーヒーだが、少し薄く、どこかそっけない味がした。
携帯を弄りながらコーヒーを飲むが、誰か起きてこないかとどこか気を張っているからか落ち着かない。もちろん携帯の音量も一番下まで下げて、耳を澄ます様にどこかの誰かが詐欺をしたというニュースを聞いていた。
不意にタバコが吸いたくなった。それも、今吸っている電子タバコではなくて、昔吸っていたアメリカンスピリットのメンソールタール８ミリだ。この室内で、思いっきり肺まで深く吸ってふかしたらどんなに痛快だろうと思いを馳せた。母は嗅覚過敏で、何か匂いが付いているものがあると、マスクをつけ、怪訝な顔を浮かべる。つまり僕がこの家に越してからは常にそうしているという訳だ。汚物でも見る様な目で、少し顔を後ろに引いて話をする母が嫌でたまらなかった。頼み込んで住まわせてもらっている身、嫌な顔をされるのは仕方のない事だが、ここまであからさまだと少々僕の反抗心も芽生えるという物である。母の前で紫色の煙を吹き出す姿を想像してはまたコーヒーを啜った。
腹が減ってきた。しかし実家の猫は非常に卑しい様で、何か音がするとすぐに近寄ってきて物色を始める悪癖がある。特に食べ物となると何処からともなくと現れ、テーブルにひょいと飛び乗り、食べている物をなんの躊躇もなく取り攫ってゆく。気づいて邪魔をすると、けたたましくまた鳴き始め、抗議の意を示す。自分のモノが取り上げられたと言わんばかりに悲壮な顔を浮かべ、こちらを悪者に仕立てあげるのだ。
グラノーラの封を開けると、例に漏れず何処からともなくやってきた。早速抗議が始まる。くれないお前が悪いと僕を責め立てるようで、げんなりする。昔に出会ったこういう人が蘇ってくるよる様で慌てて感情に蓋をした。猫を押し除けつつ、グラノーラを皿に移し、牛乳を加える。パッケージの牛はのんびりと草を青い空の下で食べていた。食べ終わるまで泣き止まない猫に急き立てられる僕とは大違いの様だ。
猫の鳴き声でぞろぞろと家族が起きたらしい。迫り来るゾンビから逃げる様に僕は仕事場へと向かった。
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【気持ち】という企画をたまにやっています。
自分の気持ちに気づく為に、みんなで話してみようという企画です。
話すことによって自分でも気づかなかった自分の気持ちに気づく、そんな面白い発見があったりなかったり。
とにかくいろんな人と話してみたい、いろんな意見、感性に触れてみたいって方は是非。 自分の中でうまく消化できていないエピソードや、あれなんだっただろうみたいなエピソードがあれば楽しいかも！なくても全然大丈夫ですよ！
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